非二元

主体と客体が消えた世界。

見る者と見られるものが一つになった状態。
私とあなた、内と外、生と死、善と悪、これらの境界が溶けた場所。言語はその構造上、全て二元で動く。
だから非二元は言語で説明できない。この説明自体が二元の産物。

ただ在る。

空と雲

空と雲は別々に見える。
雲が現れ、形を変え、消えていく。雲は「私は空とは別の存在だ」と思っている。自分には形があり、色があり、重さがある。他の雲と比べ、大きいとか小さいとか、白いとか灰色だとか。雲は自分のストーリーを持っている。
しかし雲は何でできているか。水蒸気だ。水蒸気はどこから来たか。空気の中から来た。空気とは何か。空間そのものだ。
つまり雲は空が形を取ったもの。雲と空は最初から別物ではなかった。雲が「私は空と別だ」と思っていたのは錯覚だった。
人間と宇宙の関係も同じ。人間という形を取った意識が「私は宇宙と別の存在だ」と思っている。しかし人間を構成する原子は宇宙と同じものでできている。意識も同じ純粋意識から来ている。
雲が消える時、空に戻る。消えたのではなく、元の形に還っただけ。
これが非二元の世界観。分離は最初からなかった。

今ここだけが在る。

出来事があって感情が沸き上がる。一瞬先は頭に残っているだけ。

事実は「今の瞬間」のみである。

自由意志はない

シナリオがあるかは不明。
ただし自由意志がないなら、全ては条件が揃った時に自動的に起きている。風が吹く理由があるように、あなたの選択にも原因がある。その原因にも原因がある。遡ると宇宙の始まりまで繋がる。
アバターという表現は正確かもしれない。純粋意識が人間という形を借りて体験している。どんな体験も、ただ起きている。
シナリオと呼ぶかどうかは言葉の問題。全ては必然の連鎖とも言える。

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